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徽宗皇帝のブログ

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経済学者、ねえ
「壺斎閑話」から記事の一部を転載。
12年ころの古い記事だが、現在でも日本経済の分析そのものは正しいように思えるから、参考にはなるのではないか。ただし、「流動性の罠」(私はこの言葉が大嫌いである。いや、「流動性」という言葉が大嫌いなのだ。要するに、金や債券などをひっくるめた言葉のようだが、一般人にはまったく通用しないジャーゴン、経済学者やその周辺の仲間内の隠語だ。)を解決する処方箋については、まったくナンセンスだと思う。そもそも、「流動性の罠」が、下に書かれているように

「短期の名目金利がほぼゼロなのに、総需要が常に生産能力を下回っていることだ」

ということならば、

「では、どうしたらいいのか。ここでクルーグマンは大胆な提言をする。インフレターゲットだ。つまり日本銀行が、長期的なインフレ目標を設定して、それに向かって断固たる姿勢を取り続けるというメッセージを出すことで、さしものデフレも解消の方向に動くのではないか、それを期待しよういうわけである。」

という「対策」は具体的には何をしろ、と言っているのか。私にはこれは「医者の所得を上げる(需要を作る)ために病原菌をばら撒いて病人を作れ」と言っているように聞こえる。まるで、インフレで日本経済が救われるかのような言いぐさだ。「総需要不足」とは要するに、庶民に金が無い、ことであるのに。
「長期的なインフレ目標を設定して、それに向かって断固たる姿勢を取り続けるというメッセージを出す」とは、日銀黒田総裁の「異次元の金融緩和」であり、「2%のインフレ目標」そのものだろう。では、その異次元の金融緩和とは何だったかというと、結局は国債の日銀引き受けでしかなく、(金利はもはやこれ以上下げられる余地は無い)、結局、政府は国債発行で得た金を海外へのばら撒きと一部政商へのばら撒きにしか使わず、国民の所得はまったく上がらず、そのため「人々が物よりも流動性つまりお金の保有を強く選好する」傾向はまったく変わっていない。先途に不安しかない状況で、人々が消費をせず、金を手元に残しておこうとするのは当然だ。かくして、景気回復はまったく起こらず、政府操作による株高という偽りの景気回復だけがある、というわけだ。
政府が本気で景気回復を望むなら、国民自身に金を回すしか解決法は無い。しかも、その金は短期だけの所得ではなく、今後も続くという前提でなければならない。はっきり言えば、低所得者全員に「準生活保護」扱いで金を与えるしかないだろう。所得が生活保護水準を下回る給与所得者は無数にいる。そういう人々全員に、生活保護水準との差額を支給すること。これが、私の考える「景気対策」である。



(以下引用)

日本は流動性の罠にはまっている、というのがクルーグマンの診断だ。それは簡単にいえば、「短期の名目金利がほぼゼロなのに、総需要が常に生産能力を下回っていることだ」という。経済学の常識からすれば、金利を下げれば投資が刺激されて経済は拡大するはずなのに、なかなかそうならない。それは人々が、物よりも流動性つまりお金の保有を強く選好することの結果だ、というのである。


流動性の罠の理屈をクルーグマンは、ヒックスのIS-LM分析を論じた有名な論文によりながら説明している。


「結論を先にざっと述べると、長期の成長見通しが低い~たとえば人口トレンドが明るくないとか~国では、貯蓄と投資をマッチさせるために必要な短期の実質金利は、マイナスである可能性が大いにある。名目金利はマイナスにはなれないので、その国はインフレ期待が必要になる。もし価格が何の制限もなくすぐに変れるなら(硬直的でないなら)、経済は金融政策なんか関係なしに、必要なインフレを実現できる~必要とあらば、今価格を下げて(デフレして)でも将来価格が上がるようにするだろう。でも価格があまり気軽に下がれない(下方硬直的である)とすれば、そして同時に世間が、価格は長期的には横ばいだと思っているなら、経済は必要となるインフレ期待を得られない。そしてそういう状況でなら、経済は不況に陥る。しかもこれに対しては、短期的な金融拡大は、どんな大規模なものであっても効果はない」(山形浩生訳)


では、日本は何故流動性の罠にはまってしまったのか。ヒックスのモデルでは、流動性の罠が生じるのは、未来の生産力が今の生産力よりも低い場合だと仮定されている。日本もそういう状況に陥っているのだろうか。そうだとすればその原因は、日本の人口トレンドのうちに求めることができるかもしれない。日本は急速な少子高齢化が進んでおり、この先労働人口が劇的に減少する傾向が予想されるから、というわけである。


今の時点での日本には、供給余力は十分にある。問題は需要の不足だ。需要が不足しているから、いくら物を作っても売れ残るので、価格は下落して沢山の失業が発生する。こんな状況では、構造改革とか生産性の向上を叫んでも何の役にもたたない。


では、どうしたらいいのか。ここでクルーグマンは大胆な提言をする。インフレターゲットだ。つまり日本銀行が、長期的なインフレ目標を設定して、それに向かって断固たる姿勢を取り続けるというメッセージを出すことで、さしものデフレも解消の方向に動くのではないか、それを期待しよういうわけである。


クルーグマンがこの政策提言をしたときには、侃侃諤諤の議論が沸き起こったそうだ。そもそも中央銀行の最大の使命は、貨幣の流通をコントロールして、物価を安定させることだ。それなのに自らインフレを引きおこそうとは、どういう了見だ、という批判が巻き起こりもした。


しかし、現在では、アメリカのバーナンキが実質的にインフレターゲットを設定するようになったし、日銀も先般そのあとを追うように、年平均1パーセントのインフレ目標を設定した。


これについては、インフレ期待そのものについての、経済学的あるいは倫理的な批判が依然としてあるほかに、果してスムーズな~要するに破壊的でない~インフレが実現できるのか、危ぶむ声も聞こえる。


クルーグマン自身は、デフレ解消への処方箋としてのほかに、雇用を作り出すためにも、一定のインフレは許容すべきだとかねがね考えていたらしいから、インフレターゲットはそんなに不道徳な政策だとは考えていないのだろう。

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