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選挙に行けるという幸福

今日は宜野湾市長選だけでなく、あちこちで幾つかの地方選がある。そのどこでも、有権者の皆さんは、ぜひ選挙場に足を向けてほしい。
選挙に行かない理由というものも当然あるわけで、

1)貴重な休日の時間を選挙などで使うのは嫌だ。
2)候補者の詳細を知らないので選挙で誰に投票していいか分からない。
3)そもそも政治に興味が無い。
4)選挙で政治が変わるはずがないと思っている。
5)選挙結果が不正に操作されていると思うので、選挙に行っても無駄だと思う。
6)どうせ政治家など自分の利益にしか興味が無く、誰を選んでも同じだと思っている。
7)与党も野党も馴れ合いのプロレスをしているだけだろう。
etc,etc……

書き並べてみたが、実は、そのどれも1)が本音ではないか。
だとしたら、あなたのその怠惰と無責任のために、日本の社会がこれほどまでに低劣なものになっている(私に言わせれば、地獄化、である。)と言える。
などと偉そうなことを言っているこの私自身、40近くまでほとんど選挙(投票場)に行ったことが無かったのだから、お恥ずかしい。(その理由は上に書いたほとんどすべてだが、本音は(1)であった。)
結婚した相手が、必ず選挙に行く人間だったもので、(私は晩婚なのである。)仕方なしに相手に付き合って投票場に足を運ぶようになったが、不思議なもので、投票すると、その投票した候補者のその後が気になり、ニュースなどでその動向を注意するようになる。つまり、政治に興味が出てくるのである。そこから政治の裏事情や社会の裏事情というものにも注意するようになり、社会の理不尽というものへの怒りも生まれ、何とかしなくては、という正義感も生まれてくる。つまり、一人前の市民になるのである。(市民とは、政治参加をする人間、政治意識のある人間のことだ。そうでない人間は奴隷である。これが古代ギリシャでの「市民」の意味であり、これは実は現代でも妥当する。)

誰に投票していいか分からない、というなら、
「顔で選べ」
でいい。ただし、「信じられそうな顔か」どうかで選べ、ということだ。
その判断がつかなければ、
「現職には投票するな」
でいい。
現職は既に政治をやっている。その任期中にすべての仕事を完了する意味で任期というものがあるはずだ。ならば、現在の不備や不満のすべてに現職は責任があると言える。
つまり、自分で候補者の判断ができなければ、(そして現状に不満があれば)
「常に新人に投票する」
だけでもいいのである。
これだけで、少しでも政治が変わる可能性に手を貸していることになり、有権者としての責任は果たしたと言えるだろう。そもそも、候補者全員についての情報をほとんど与えないこれまでの選挙システムに問題があるのであり、有権者としては、これが最低限の政治参加の義理だろう。それすらやらない人間は「市民」ではない。社会に対して、いかなる不満も言う資格はない。その不満な社会を作ったのは、選挙に行かなかったあなたの怠惰が原因なのだから。


選挙に行くことで、あなたは奴隷(政治参加資格の無い人間)から市民になれる。つまり、選挙に行けるのは幸福なのである。



(以下「村野瀬玲奈の秘書課広報室」より転載)


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1月24日(日)投票 宜野湾市長選 / 八王子市長選 / 岩国市長選 宮城県名取市議選、色麻町議選 /福島県小野町選 /茨城県取手市議選、東海村議選 /群馬県玉村町長&町議補選 /埼玉県吉川市議選/大阪府熊取町長選

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