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メモ日記トゥディ「思考素その他についての雑談」5.15

我々の頭の中には、いわば「思考素」とでも言うべき断片があって、それが無数に浮遊した状態である。その思考素はたとえば誰かの言った名言などである。前に書いたロベルト・ミヘルスの保守主義についての言葉は、私の思考素の一つである。しかし、私がロベルト・ミヘルスという人物について何かを知っているかというと、そんなことはまったく無い。私は知識人ではないから、他人と論争する必要も無いし、知識を自分の防具とする必要も無い。だから、うろおぼえの知識で十分なのである。前に、「女にもてないってのは、何て気が休まるんだろう」という吾妻ひでおの名言を紹介したと思うが、それと同様に、平凡な無名人であるのも大きなメリットなのだ。
しかし、たとえば、ミヘルスとやらいう人物の言葉を紹介したのが気になって、その人物をウィキペディアで調べると、そこになかなか興味深いことが書いてあって、また断片的知識が増える。こうして我々は自分の思考素を増やしていくのである。そして、その思考素の総体が、我々という人間の個性なのである。

ウィキペディアによれば、ミヘルスは「寡頭支配の鉄則」という理論で知られているらしい。その要点だけを言えば、あらゆる組織は必ず少数者の専制的支配に陥るのだが、その理由は、組織が組織化されるに従って、組織を有効に動かし秩序立てるための知識と技術が必要になるが、それができるのは僅かな人間なので、組織の成員は組織支配の権力を彼らに委譲することになる、というものだ。
あまりにも単純な話なので、これが「理論」なのかと思われるかもしれないが、真に有効な理論とはそうしたものなのである。

たとえば、一人の人間が金持ちになるためには、多くの人間を働かせ、その収入のほとんどを一人が独占する、というのが原則である。だが、それでは残りの人間は納得しないから、大多数の働き手にも形ばかりの利益配分を行う。これが会社という組織である。マルクスが言ったのは、ただそれだけにすぎないが、それが20世紀を動かす大きな思想だったのである。
「他人の労働の結果を奪うことで自分の贅沢な生活を維持する」というのは、古代の王侯貴族もすべてそうだったのであり、マルクスはそれをただ資本主義の社会にあてはめただけのことだ。さらにこの思想を俗な形にすれば、「金持ち父さん貧乏父さん」のようなベストセラーになる。あれは、要するに、サラリーマンでいては金持ちにはなれないよ、というだけの話である。サラリーマンとは、いわば現代の農奴なのである。まあ、農奴でいるほうが気楽だという面もあるし、中小企業では経営者の方が気苦労は多いのだが。

私は書きながら考える人間なので、私の文章はただの雑談にすぎない。ブログとはそういうものでいいと思っている。そのような散漫な文章は読むに値しない、時間の無駄だと思う人もいるだろうし、こいつは下らないことばかり言っているが、時々は有益なことも言うじゃないか、と思ってくれる人もいるかもしれない。姿は見えないが、そういう少数の人間に向けて、私は話しているのである。

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