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「自分たち」を非難する「正義」の声への不快感

「谷間の百合」ブログ記事の後半を転載。
最後に(ちなみに、わたしは日教組が嫌いでした)と書いてあるのが興味深い。と言うのは、私も日教組が嫌いだったからである。と言っても、それは政治というものについてまったく無知だった、子供から青年時代のことで、谷間の百合さんもそれは同じではないかと思う。
面白いのは、政治にまったく無知な子供がなぜ日教組を嫌う(嫌った)のか、という問題である。
私の推論を書いておく。

それは、何よりも、周囲の大人が日教組を嫌っていることが言動の端々に出ていたからである。
ではなぜ周囲の大人たち(私が子供のころの、戦争体験者たち)が日教組を嫌ったのかと言えば、それは、日教組が「戦争反対」を声高に叫んでいたからだ、というのが私の推論だ。

これは、今日の「酔生夢人ブログ」記事にも書いたが、当時の戦争体験者は9割9分までが戦争賛成論者であり、その意味では戦争加担者たちだったのである。とすれば、日教組による「戦争反対」の声は、「自分たちを非難する声」に聞こえて当然だろう。
子供は大人(父親や母親)に依存している存在である。その父親や母親が日教組を嫌っていることが感じ取れたら、子供も日教組を嫌いになるのは自然なことだ。
もちろん、本業(教師としての職務)を疎かにしてデモなどをやる教師たちへの不快感もあっただろうが、それよりも、ずっと大きな比重で「周囲の大人たちの空気を察したから」子供たちも日教組に反感を持ったのだと思う。


(以下引用)


日本では、電鉄のストを最後にニュースで知ってからでも20年は経っているのではないでしょうか。
そして、その20年間で労組や日教組が急激に力を失いました。
自然消滅なのか、あるいはなんらかの外部の力が働いた結果なのかわたしには知りようがありません。
ほんとうなら、「子どもを戦場に送るな」というメッセージが発せられて当然だったときにも、どこからも寂として声がありませんでした。
それどころか現場では、粛々と戦前の教育体制の復活が進められていたのです。
「子どもを戦場に送るな」なんてスローガンは、もはや恥ずかしくて言えないような空気になっていたのです。

労組はもう潰滅したのですか。
同僚、仲間が一人づつ過労で死んでいくのを見ても、もう何もできないのですか。
こういう表現をするのは過労死した人に対して実に忍びないことなのですが、わたしは過労死のニュースを聞くたびに、一匹ずつ屠殺場に引き出されていく羊を想像してしまうのです。
仲間の羊はそれを阻止したり助けたりすることはできません。
抗議もできません。
しかし、人間ならできるのではありませんか。
それが人間と羊の違いではありませんか。

なぜ政治が語られなくなったのかを考えているうちに、労組や日教組が発言力を失ったことが作用しているのではないかと思いました。
(ちなみに、わたしは日教組が嫌いでした)


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