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徽宗皇帝のブログ

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まず問題を知ることからしか問題は解決しない
『THRIVE』についての懐疑論・否定論がネット上には案外多いようなので、「つむじ風」氏の言葉を転載させてもらう。もちろん、私も同じ意見だ。
この映画を作ったのがP&Gの御曹司であるというだけでこの映画を全否定する馬鹿には、では世界の人間がこれまでどおりに騙され続けることにあなたは賛成なのか、と聞きたい。
もちろん、イルミナティなど存在しない、という考えは問題ない。問題は、全世界的な見えない搾取機構が存在し、そのために全世界のほとんどの人間が貧困を余儀なくされているということなのだ。それを多くの人に教えることからしか、問題は解決しない。
きのこ組組長のきのこ姐御も、この映画を下品に罵っているが、残念なことである。


(以下引用)


ところで、


 コメント氏にもある様に、この映画『THRIVE』について、いろいろ懐疑派が登場する。それは世の常で、別に珍しい事ではないから、批判するつもりはないが、私の見解を申し述べておくことも無駄ではないと考える。又、紹介した手前、一端の説明責任にも任ずることとなろうと思う。


 どのコメント氏と言う訳ではないが、その論理は、大体同じものだ。


 つまり、


 作者がG&Pの御曹司であること、片目があること、そして、言挙げればきりがないが、諸処にイルミナティーのシグナルが隠されていると言うのである。又、コメント氏ばかりでなく、そうした面を詳しく披瀝しているブログもある。




 それはそれは、まことにご苦労な事であるが、一言すれば、『観念論』に過ぎない。


 その事を間違っているとは言わないが、観念の世界でどうこう言っているのであって、だからどうなのか? と問われると、二の句が継げない話だろう。だからといって、批判するつもりはないが、仮にそうであったからと言って、どうなる虞(おそれ)もないよ、と言いたい。


 譬えが悪いかも知れないが、風の音や、樹の揺らぎをみて、幽霊と見まごう話と同じで、余りにも大人気がない。これでは一生、恐れおののいていなければならない。幽霊は幽霊である。単なる肉体を持たない霊であるから、恐るるに足らない。霊と言うより、幽霊であって、本質的な霊ではないのである。幽体という言葉があるが、それを恐れてびくついていても何も始まらない。


 それと同じで、イルミナティーであれ、何であれ、片目もシンボルも、あれは案山子(かかし)であるから、何かに付け人々を怯えさせる様に仕組まれているだけである。その図に乗って恐れる必要はないのである。


 問題は、何をするか、今何が起きているか、これから何が起こるかであって、その仕組みはどのようになっているかが重要な情報だ。そして、その事象を悉く検証する必要がある。その上で、情報を識別すれば、良い。


 観念論であれこれ言う内は、事象の検証、そして、情報の識別が不十分なのである。丁度、子供が世間を恐れる様に、初めて見る光景に恐れをなしているに等しい。それも子供の情報量であるから、無碍に叱ることも出来ない話なのである。


 幽霊と思って、白日の下に晒せば、単なる風に揺れる木立であった。と言うことは良くある。それと同じで、イルミナティーの虚仮威しを過大評価する必要は全くない。それこそ、思うつぼに嵌ってしまう事になる。


 私は、この映画『THRIVE』の情報を全て知っている立場では決してないが、既得の情報ソースから検証識別したことと合わせて、まあ、大体そんなところだろうと納得している。別に盲信してこの映画に感極まることはないが、同時に、ほぼ、正確であると感心している。


 だから、拡散してより多くの人々の覚醒になると確信しているにすぎない。

<目隠しを取れ、という意味だよ!>



 問題は誰がその情報を提供したかではなく、情報そのものが正鵠を得ているか否かで判断する。イエスが語るから、正しいのではなく、語られる内容が正しいから、イエスは正しいのである。


 語られる内容が偽善であるなら、イエスは偽イエスである。簡単に言うとこういう事だ。


 イエスをお釈迦と言い換えても、同じ事だ。


 誰でも同じ、要するに人間には識別力を備えている存在であるから、それに基づいて、判断することが肝要だ。『それでも地球は動く』と言ったかどうかは、定かではないが、彼のガリレオ・ガリレイの言葉は、今に新しい。


 それと同じだ。


 この映画で伝えたいことは、様々あるが、要点は一つである。人々を支配する側は、極めて少数である。そして、それが故に情報を操作する。誰が支配者かは人々は知る必要はないから、分断され統治される。

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