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オバマ演説の見事さと空疎さ

筆者の足立康史(字は違うかもしれない)氏は、おおさか維新の代議士ではあるが、ここで言っていることはまともだと思う。まあ、私と同じようなことを言っているから、ここで取り上げるだけだがwww
言うまでもなく私はおおさか維新が大嫌いであり、その党に所属する代議士など最低だと思っている。だが、「人によって言を廃せず」だ。私がオバマ演説に感じた「見事さと空疎さ」を下の文章は明確に説明している。
だが、オバマ演説批評以外の部分にまで私が同意しているわけではない。最後の

戦争と核。日米と中ロそして北朝鮮。私たちはとても厳しい時代を生きています

には、明らかに中露を仮想敵国とする冷戦時代の化石的思考が顔をのぞかせている。それは自民党の思考とまったく同一であり、私が常々言い続けている中露との同盟的関係を結ぶべきだという主張とは真逆のものである。いや、ソ連との関係改善を考えているらしい安倍政権以下だろう。まあ、従米政党代議士らしい思考である。北朝鮮に関しては、単なる国際政治のピエロであり、アメリカの傀儡だろうとしか私は思っていない。



(以下「BLOGOS」より引用)

オバマ大統領広島訪問の“意味”と“無意味” - 核廃絶への過去と現在そして未来 -


昨日、オバマ大統領が広島を訪問し、被爆者との歴史的和解を成し遂げました。第二次世界大戦を戦った日米両国にとって、大きな歴史的和解であり、何よりも広島と長崎の被爆者にとって、70年余り待ちに待った米国大統領の訪問、そして抱擁。全ての関係者に心からの敬意と感謝を表したいと存じます。


オバマ大統領にとっては、大統領就任直後のプラハ演説とノーベル賞受賞を入口とすれば、今回の広島訪問を出口として、大きなレガシー(政治的遺産)を作りあげました。安倍総理にとっても、昨年の米国議会演説、安保法制といった一連の外交分野の取り組みの先に、ようやく実現した外交成果となりました。


一方で、核廃絶に向けたメッセージとしては、ほとんど意味がないということにも、私たちは特に日本の政治家は意識的であるべきだと思います。核を保有する米国とその傘下の日本。核兵器禁止条約に反対している日米両国がいくら歴史的和解だと胸を張っても、核廃絶へのメッセージにはなり得ないのです。


昨夜、「オバマ大統領にとっては確かに大きな一歩だったかもしれないが、核兵器の廃絶という焦眉の課題から考えれば、限りなく小さな一歩に過ぎない。更に言えば、いったい何処に向かって一歩を踏み出したのかさえ不明な、曖昧なスピーチだった」と書いたら、多くの反発のメッセージをいただきました。


しかし、改めて書きます。オバマ演説は、日米両国とっては大きな“意味”があり、中でも広島と長崎の被爆者に対する癒しとなりましたが、核廃絶への道を前に進めるための「政治家の演説」としては、限りなく“無意味”だと知るべきです。政治家の演説というより、詩人のそれに近い、私はそう感じました。


では、核廃絶に向けて、私たちに何ができるのでしょうか。まずは、原爆投下について「当時はやむを得ない事情があったにせよ、現代的価値からすれば過ちである」ことを認めるべきです。その上で、「現在の安全保障環境の下では核兵器は必要だが、将来の核廃絶に向けあらゆる努力を」継続することです。


戦争と核。日米と中ロそして北朝鮮。私たちはとても厳しい時代を生きています。その中で民進党のように日米同盟の基礎たる安保法制を全否定しながらオバマ訪問を称賛する姿勢には疑問を感じざるを得ません。政治家に求められるのは、核廃絶への「過去と現在そして未来」を見据えた一貫した行動なのです。



(追記)このツィートをした漫画家田中圭一は、どちらかというと右側の人間だが、この件に関しては私と同じ印象を受けたようだ。と言っても、私はオバマ演説を読んだだけだが。
あの演説だけ読んでも、感動する人間がたくさんいると私は確信している。言葉の力は凄いが、それだけに厄介だ。
西側の政治は、「騙すための言葉の技術」をとことん追求しているから、それに対応するには、「言葉ではなく実際にやっていること」を見るしかない。やっていることといっても、ハグしたり、じゃないよwww キリストへのユダのキスという例もある。


はぁとふる売国奴 @keiichisennsei 19時間前

昨日のオバマの広島訪問、つまらない茶番にしか見えなかった。アメリカが言いたいのは、被爆地を訪問してやったんだ、今後は東アジアの安全保障に日本も血を流せ、ただしアメリカが引き揚げても核武装なんかするなよ、ってこと。広島の人はアメリカの都合で殺されアメリカの都合で感動させらせている。


(追記2)「櫻井ジャーナル」から転載。


 バラク・オバマ米大統領は5月27日に広島の平和記念資料館を訪問、「核なき世界を追求する勇気」について語ったという。この人物、大統領に就任して間もない2009年4月5日にプラハで核兵器のない世界を目指すと演説、その年にノーベル平和賞を授与されているが、14年9月21日の報道によると、今後30年間に9000億ドルから1兆1000億ドルを核兵器のために投入するとしている。

 ノーベル平和賞の授与に縛られることなく、オバマ政権は他国の領空に無人機を飛ばして民間人を殺傷、アル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)などを使ってリビアやシリアを軍事侵略した。リビアはNATO軍も投入してムアンマル・アル・カダフィ政権を2011年10月に倒し、今は無政府状態。

(以下略)



(追記3)「世に倦む日々」記事冒頭のみ転載。分かる人は分かっているようだ。


オバマの広島訪問

c0315619_13231154.jpgオバマの広島での演説について、マスコミがこぞって礼賛報道をしているのを見て、とても違和感を覚える。植民地的な反応だと感じて憂鬱になる。「核のない世界」など真っ赤なウソではないか。欺瞞そのものだ。昨夜(5/27)の報ステが映像付きで紹介していたように、米国は今後30年かけて1兆ドル(110兆円)を投じ、核兵器を開発し続ける計画を策定している。核ミサイルをよりスマート化し、戦術核として実戦で自在に使えるように技術開発している。その軍事政策を決定し推進している最高責任者がオバマなのに、どうしてその男が「核なき世界」の理想の持ち主だとか提唱者だという話になるのか。倒錯もいいところだ。米国の大統領が広島に来るなら、被爆者とテーブルで向かい合って話を聞き、その場で頭を下げて謝罪するのが当然ではないか。たとえば日本国の首相が南京を訪れる機会を持ったとき、そこで謝罪することなく、戦争と平和の一般論について偉そうな演説を垂れるなどということがあるだろうか。そんなことが許されるだろうか。中国人が許すだろうか。あり得ない話だ。原爆投下は南京大虐殺と同じ戦争犯罪である。無辜の民を大量虐殺した非人道的な戦争犯罪だ。どのような理屈をもってしても正当化できない。              











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