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徽宗皇帝のブログ

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想像することと見ること
藤永茂博士の「私の闇の奥」から抜粋転載。
記事前半は柳田邦男の或る記事への疑問が述べられている。要するに、科学者や武器開発者が、自分たちが作り出す危険な発明品のもたらす結果についての「想像力」が欠如しているのではないか、という柳田邦男の文章に対して、それは違うのではないか、という意見である。
いかにも科学者の藤永氏らしく、想像するより、まず観察しろ、と言っているわけだ。
実際、我々はあまりに物事をいい加減に見すぎている。たとえば、これは私だけかもしれないが、私はどんなに好きな絵だろうが、同じ絵を1分以上も見ることは苦痛である。(自然物なら、まだ見るのも苦痛ではない。)世間で起こる事件にしても、(当然ながら)我々はその実態をほとんど見ていない。マスコミの報道で、その概要を知り、わかったつもりになっているだけだ。自分の家族の顔すらほとんど見てはいないのではないか。一瞥して、顔色を読んでいるだけである。つまり、物事の「意味」だけを読み取り、物事そのものは見ていない、ということだ。しかも、その「意味」たるや、自分の「想像」でしかない場合が多い。
これは最近の私のブログで批判を続けてきた「合理主義」と共通する、現代人の悪弊だろう。(これを「デジタル思考(志向)」と言ってもよさそうだ。我々はかつての「アナログ思考(志向)」の優れた性質を見直す必要がありそうだ。)
さて、下記記事に書いてあるのは、西洋諸国(ロシアも含む)がアフリカに対して、如何に非道を行ってきたか、そして現在も行いつつあるか、という話でもある。まず、そういう現実を「見た」上で、自分たちがそれに対して如何に関わるべきか(あるいはどのように自らの思想を作っていくか)を考えていく、それこそが、非西洋人である我々の為すべきことだろう。


(以下引用)


 カラシニコフ銃に関連しては、このブログで過去に何度も取り上げました。ここでも問題の核心は兵器開発者の想像力や個人的良心ではありません。私の2007年2月7日付けのブログ記事を再掲載します。:
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AK-47 as WMD

この見出しは一つの英語クイズのつもりです。アフリカの戦乱や世界平和に深い関心をお持ちの人々には易しいクイズでしょうが、私は、つい先頃、その全体の意味を読むことが出来るようになりました。

 映画『ダーウィンの悪夢』で、ナイルパーチの白身のヒレ肉をタンザニアからヨーロッパに毎日大量に空輸する旧ソ連製の大型輸送機のロシア人パイロットたちは、タンザニアには空っぽで飛んでくるのだと繰り返し話しますが、しつこく聞き糺されて、「小銃やその弾薬などを積んでやってくることもある」ことを渋々認めます。ビクトリア湖の自然の富である魚肉を猛烈な勢いでアフリカの外に運び出す見返りに大型輸送機がアフリカに持ち込んでくるのは、湖畔の住民たちの生活物資でも土木建設資材でもなく、ライフルの大束とその弾薬−−これは、以前にどこかで耳に挟んだ話に酷似しています。そうです、100年も前、イギリスはリバプールの大海運会社エルダー・デムプスターの若い社員モレルが出張先のベルギーの貿易港アントワープで発見したのと同じ、輸出入の異常な不均衡の話です。

「 まず、コンゴ自由国からヨーロッパへの輸出。主な品目はゴム、象牙、椰子油。中でも大量の原料ゴムは、需要の急激な増大による世界的な価格高騰で、そのコンゴからの輸出は金額的に巨大な額に昇っていた。次に、コンゴ自由国のヨーロッパからの輸入。ゴム、象牙、椰子油などの現地産物は現地住民の肉体労働によって収集されるものだが、その代償をヨーロッパの通貨で支払うことは意味をなさず、彼らが欲しがるあれこれの物品との交易(物々交換)が原則だった。ところが、コンゴから持ち出されるゴムなどの物資の見返りとしてベルギーからコンゴに送られる交易品と思われる物の量は僅少で、金額的に見れば、コンゴからの輸出品の価格にくらべて全く問題にならなかった。その上、コンゴ自由国に持ち込まれる主要物資として目立っているのは、建設資材などではなく、多量の小銃その他の銃火器とその弾薬だった。」(『闇の奥』の奥、p97−8)
これらの小型銃火器の行く先はレオポルド二世の私設軍隊「公安軍」に限られず、レオポルドのコンゴの富の収奪の実務を現地で担当して自らも暴利をむさぼる民間会社群も含まれていました。彼らもそれぞれに傭兵を抱えていたのです。いまイラクで跳梁跋扈するアメリカの私企業群と変わるところはありません。

 映画『ダーウィンの悪夢』の白人パイロットたちがアフリカに搬入する小型銃火器の行方については語られていませんし、恐らく、彼らもよくは知らないのでしょう。しかし、全体の構図は100年前も今も同じで、容赦なく収奪搬出されるアフリカの富(それが魚肉であれ、ダイヤモンド、石油、ウランであれ)の見返りに、アフリカに持ち込まれるアフリカの住民たちの生活基盤のインフラ整備に役立つ資材や資本は微々たるもので、目に見えて大量に流入しているのは小型銃火器とその弾薬というわけです。

 アフリカ問題で健筆を揮っている Hugh McCullum というカナダ人のジャーナリストがいます。私が勤めていたアルバータ大学所属のシンクタンクであるパークランド研究所の一員でもあります。彼の最近の論説(2007年1月)「 SMALL ARM : THE WORLD’S FAVORITE WEAPONS OF MASS DESTRUCTION」( africafiles というウェブサイトに出ています)によれば、アフリカ大陸には1億以上もの小型銃火器が分布し、とりわけコンゴにはそれが溢れているようです。その中で数的にダントツなのがAK-47という小銃で、この略号は「1947年型カラシュニコフ自動小銃」を意味します。旧ソ連の一技術者Mikhail Kalashnikov が1947年に開発した逸品で、砂や泥水にまみれても簡単な手入れで直ぐに使え、少年少女にも容易に取り扱えるのだそうです。その「長所」がアフリカの少年少女に大きな悲劇をもたらしています。アフリカでは30万以上の少年少女たちがいたいけな「兵士」に仕立てられて内戦に狩り出され、その結果、4百万人の子供たちが殺され、8百万人が不具者となり、千五百万人が家を失ったというユニセフの報告があります。子供たちの中には、AK-47の魔力に取り憑かれて、肉親の大人たちでさえ、気に食わなければ、平気で射殺するような心の荒廃を示すものも少なくありません。この2007年2月に入ってからも、ソマリアの内戦だけで20万のchild soldiers が政府軍と反政府軍の双方から強制的に戦いに投ぜられて、日々その多数が命をうしなっていると報じられています。

 アフリカの住民の大多数は、私たちの収入水準からみれば、極貧の状態にあり、AK-47の中古品は1万円程度という驚くべき安値で売買されているとは言え、彼らが自前でAK-47とその弾薬を購入できる筈はありません。直接にしろ間接にしろ、彼らにAK-47と弾薬を買って与えている者たちが存在しなければなりません。では、誰が、何故に、アフリカの老若男女にかわって数千万挺のAK-47のお代を払ってアフリカ中にばらまくのか?この世の中、採算がとれないと分かっていれば金は動きません。間違わないで下さい。小説や映画でお目にかかる悪魔的な国際武器輸出入業者(死の商人)たちの懐に転がり込んでいる巨利のことを問題にしているのではないのです。アフリカから何が持ち出され、何がアフリカに持ち込まれているか。このトータルなマクロな収支構造にこそ私たちの視線が凝集されなければなりません。アフリカに関する世界の列強諸国のソロバン勘定は、この200年間、構造的には何も変わってはいないのです。2006年10月のロンドンのタイムズ紙に、南アフリカの大司教デスモンド・トゥトゥ(ノーベル平和賞受賞者)は、アフィリカでの小型銃火器交易の現状を“the modern day slave trade which is out of control”と書いています。彼にすれば、200年ではなく、過去500年間同じことが続いていると言いたいのでしょう。

 イギリスのケンブリッヂ大学のアマルディア・セン教授(ノーベル経済学賞受賞者)によれば、世界に何億と溢れている小型銃火器の86パーセントは、国連の安全保障理事会の常任理事国であるアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国で生産されたものだそうです。これでは国連の決議によって小型銃火器の製造交易をコントロールし、その氾濫を取り締まるのは絶望です。2006年はそれが如実に示された年として記憶される年になりました。

 さて、冒頭の英語クイズに戻ります。WMDは「weapons of mass destruction」、WMDがサダム・フセインのイラク国内にあると主張してアメリカ合衆国がイラクに侵攻したことで、すっかり世界政治のキーワードになってしまった言葉ですが、何よりも先ず、瞬時大量破壊兵器である核兵器を意味します。しかし、ポスト・ヒロシマナガサキの世界で何百万人にものぼる大量殺戮を現実に続けているのはAK-47に象徴される小型銃火器にほかなりません。前国連事務総長コフィ・アナンはこれらの呪うべき小型銃火器を、いみじくも、「weapons of mass destruction in slow motion」と呼びました。

藤永 茂 (2007年2月7日)

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 まことに驚くべき事実は、AK-47(カラシニコフ銃)に象徴される小型銃火器による大量虐殺が今(2014年)でもアフリカで継続進行中だということです。死者の数を較べる非礼を犯せば、ヒロシマ・ナガサキの数十倍の人々が犠牲になっていることになります。我々はなぜ見て見ぬ振りを極め込んでいるのでしょうか。2010年5月26日のブログ記事『核抑止と核廃絶(6)』で、私はコンゴの作家マモンソノ氏の、“平和運動があるのは西欧、日本、アメリカ、カナダ、みんな豊かな国で、アフリカに平和運動がないのは守るべき平和がなく、人間が生ける死者の状態にあるからだ。死者は死を恐れることさえできない。これは先進大国のエゴイズム、植民地的収奪の結果で、アフリカでは植民地支配こそが第二の原爆なのだ。”という言葉を紹介して、次のように書きました。:
■ここで私たちはアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国の五カ国が、世界の瞬時大量殺戮兵器つまり核兵器の殆どすべてを保有している事実を想起すべきです。もちろんイスラエルが、非公開のまま、イギリス、フランス、中国と同レベルの数の核爆弾を所有していることも忘れてはなりませんが。多量の核爆弾を蓄積し続ける暴力とアフリカに「スローモーションのWMD」を溢れさせている暴力とは同じものです。アフリカ収奪を続ける先進大国のエゴイズムを「第二の原爆」と呼んだコンゴの作家マモンソノ氏は、原爆のシンボリックな意義を稀釈拡散させているのではなく、むしろ逆に、その本質を鋭く言い当てているのだと私は思います。■
 核兵器について、カラシニコフ銃について、慧眼の柳田邦男氏がこの状況の本質を見抜いていないとは考えられません。私たちにとって肝心なことは「見る」ことであって、「想像する」ことは二の次であってよいのです。そして現在の状況の危機性は、マスメディアが操作されることによって、私たちに見えてよいものが見えなくなっている、あるいは、特定のバイアスがかけられて、ある特定のことだけが見えるようになっているということにあります。シリアを例にとりましょう。外から暴力的介入が行なわれた口実は、「凶悪な独裁者によって殺戮される国民を救う」ということでした。しかし、アサド政権支配下の2007年から戦争勃発の2011年までの一般シリア国民の日常生活状況と、今の膨大な数のシリア人難民の塗炭の苦しみを二つ並べて較べてご覧なさい。外部からの「人道的介入」がなければ、人々にこれほどの苦難は襲いかからなかったのです。「想像力」など不要です。僅かな努力ではっきり「見る」ことが出来ます。ブログ記事『核抑止と核廃絶(6)』で紹介した“無告の民”という言葉を使えば、外からの暴力的介入によってシリアの無告の民の苦難はその極に達しています。カダフィの治世下にあったリビアにも同じことが起こりました。しかし、事を終えたリビアからはその無告の民たちの悲鳴など全く遮られて私たちの耳には届きません。
 略歴をみると柳田氏はNHKの出身、JR北海道の「想像力」の欠除や製薬会社と大学の研究者との癒着を叱るよりも、NHKの一般放送ニュースの内容の惨憺たる堕落を声高に、具体的に、叱ってほしいものです。それは軍需産業の兵器開発者が現場で声を上げるよりも遥かに小さな勇気と決断しか要しないのではありますまいか。
 結論を申します。今の日本の我々に必要なのは「見る」ことです。物事をはっきり見ることです。想像するのはそれからでよろしい。

藤永 茂 (2014年2月13日)


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