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「俺とセックスをするか、ここにいるすべての男にレイプされてから頭を撃ち抜かれるか、どちらかを選べ!」――。
 
2016年7月11日、南スーダンの首都ジェバのホテルでは地獄のような光景が広がっていた。武装した南スーダン軍兵100人近くが、市内のテレイン・ホテルを急襲、次々と部屋に侵入し、宿泊客から金品や携帯電話などを奪って回った。


その後、兵士の一部が、ホテル内の長期滞在向けエリアにいた欧米人20人ほどを拘束。そして兵士の1人は、AK-47ライフルを欧米人の女性救援活動者に向け、冒頭のように告げたのだ。この女性は結局、次々と15人の兵士にレイプされ、ようやく解放された。


これが、南スーダンの現実である。

■「平和維持活動」という言葉のむなしさ

11月21日、日本の陸上自衛隊の先遣隊約130人が、自衛隊の宿営地があるジュバに到着した。この部隊には、安全保障関連法に基づき、国連平和維持活動(PKO)で武器使用が可能になる新たな任務「駆け付け警護」が付与された。日本ではこの「駆け付け警護」をめぐり、自衛隊が戦闘に巻き込まれる恐れがあるとして今なお賛否が飛び交っている。


一方で、稲田朋美防衛相は南スーダンの治安情勢について「ジュバ市内は比較的安定している」と主張している。しかし、多くの日本人はいまの南スーダンの「惨状」を知らされていない。そのため、この派遣をどう見ればいいのかきちんと判断できないのではないだろうか。



筆者は国際問題の取材を中心に行っているが、はっきり言って南スーダンの現実はあまりにひどい。「駆け付け警護」の議論をする以前の破綻国家である。南スーダンがどんな現状にあるのかを正しく理解し、南スーダンにおける国際社会の使命について、理想と現実のバランスを考えることは重要である。
 
筆者は今回、著名な米シンクタンク「アトランティック・カウンシル」の副理事で、アフリカ・センター長のJ・ピーター・ファム氏に、そんな南スーダンの現実と、新たな任務が付された自衛隊の南スーダン派遣について見解を聞くことができた。ファム氏は、米議会や国連などでアフリカの現状や政策について証言するだけなく、米国をはじめ様々な国家に対アフリカ政策のコンサルティングも担当している専門家だ。
 
スーダン情勢のエキスパートでもあるファム氏はこう断言する。


「自衛隊は南スーダンで平和維持活動をするというが、そもそも南スーダンには『平和』なんてものが存在しない」 

■各国が女性を救出できなかった理由

簡単にスーダンの現状をおさらいしておきたい。南スーダンがアメリカのサポートを受けて、スーダンから分離・独立したのは2011年のことだ。世界で最も新しい国である南スーダンには誕生当時から国づくりを見守るために国連南スーダン派遣団(UNMISS)が派遣された。


だが2013年に、初代大統領のサルバ・キールが、リエック・マチャル副大統領と権力争いを始め、さらにキールの出身部族ディンカ族とマチャルの出身部族ヌエル族の有力部族同士の対立も激化し、国は事実上の内戦状態になり、現在も混乱は続いている。


南スーダンでは、政府の国庫も空になり、公務員や警察、兵士に給料すら支払えない状態にある。国内では2014年から戦闘に巻き込まれて5万人ほどが殺害され、250万人が家を追われた。殺害された多くが民間人だ。11万人以上がウガンダに逃れ、20万人以上がジェバやマラカル周辺の難民キャンプに押し寄せている。2016年7月にも、建国5周年記念日を祝う数日前から、武力衝突が起きている。


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冒頭のレイプ事件には続きがある。実は襲われた欧米人たちは、アメリカ大使館や2キロ圏内にいるPKO部隊に繰り返しSOSの連絡やメッセージを送っていたのだ。にもかかわらず、連絡を受けた中国、ネパール、エチオピアの部隊は救助要請を拒絶していた。その理由は、「現場があまりにも危険すぎる」というものだった。


ファム氏も、「南スーダン・キール政権の国民に対する完全なまでの軽視を考えれば、南スーダンのどんな国連のミッションも最悪のシナリオを想定する必要があります」といい、キール政権の暴状ぶりについてこう憤る。


「キール政権が国際社会に対してほとんど敬意を示していないことを忘れてはいけません。事実、ここ最近も、米大使館の副領事の車が、はっきりとアメリカ政府関連の車両だと分かるようにマークをつけていたのに、政府軍の部隊から2度にわたって銃撃を受けている。アメリカは世界で最も南スーダンに支援金を寄付している、にもかかわらずです」



日本の自衛隊は、そんな政府軍すら信用できない場所に、命をかけた任務に就くのである。ファム氏はその状況について悲観的だ。


「世界でもっとも新しい国家として独立してわずか5年、南スーダンは完全に破綻国家になった。指導者たちは国にあった財産を略奪してしまっただけでなく、民族的な分断を利用することで国をバラバラに引き裂いてしまった。そして自分たちが築き上げたがれきの山を支配するという野心を追い求めている」
 
さらにこうも主張する。


「結局、誰も本気で平和を望んではいないのです。指導者たちは、国民のために何かを達成しようということよりも、お互いを破壊することのほうに興味があるからです。お互いを破壊する能力すらないのに、そんな目的を持ったから、事態は泥沼化するのです」

■なぜ楽観的でいられるのか

南スーダンでPKO活動に参加しているのは50カ国以上にもなり、これまでに何人もの国連治安部隊員が殺害されている。冒頭のホテル事件が起きた2016年7月の武力衝突の際には、ドイツ、イギリス、スウェーデン、ヨルダンが安全を確保するために派遣していた文民警察の一部を撤退させた。またケニア政府も11月に同国部隊の撤収を命じている。


そんな状況にある南スーダンへ派遣される自衛隊だが、ファム氏は日本政府の対応をどう見ているのか。


「この絶望的な国に自衛隊が存在するということは、通常の国際的な人道支援としてだけでなく、アフリカにおける日本の外交政策にとっても重要な貢献となるでしょう。というのも、日本はアフリカで、利己的ではない取引に直接的にはつながっていない長期的な開発援助で優れた歴史がありますから。


UNMISSは民間人、特に援助活動に従事する人たちを守り、人道的な支援の流れを円滑に進める手助けをするという非常に重要な使命を負っている。人道的援助がなければ、南スーダンでは何百万人という市民が飢えに苦しむことになるのです」



国際貢献への姿勢そのものをこう評価する一方で、こんな現実を指摘する。


「先ほど申し上げた通り、最悪のシナリオを想定しなくてはなりません。『防衛的』なものとはいえ、自衛隊が武器を使わなければいけなくなる可能性は十分にあります」


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日本の選択が誤りだったのかどうかはまだ分からないが、少なくともその現状について国民はしっかりと知らされるべきだったのではないだろうか。「ジュバ市内は比較的安定している」なんていう大臣の認識が楽観的すぎることだけは、間違いない。