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徽宗皇帝のブログ

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現代の感覚や観念で過去を裁くことの愚

後世の人間の、昔の戦に関するイメージというのはかなり事実と違っているのではないか。いや、根本の理解が違っているのではないか、という気がする。
第一に、武将が先頭に立って突進する、ということはまずないし、第二に、(古代中国などは別として)戦に負けても領主が命まで取られるとは限らないということだ。
「領主(国王)の戦争責任論」というのは近代平和思想(私が強固な平和主義者であることは過去の文章から明白だろう。)の盾の反面だろうが、昔の戦争はむしろゲームに近かったと思う。領民と家来の命や財産をチップにしてのゲームである。武将たちや兵士たちもそれを承知で喜んで戦ったのである。戦勝は出世と報酬の元なのだから。
驚くのは、だいたい「適当なところで戦争を打ち切って、次の戦争まで雌伏する」例が多いことだが、つまり、それが昔の戦争の性質を示していると思う。国家が全力をあげて戦い、領民すべての生命と国家財産が尽きるまで戦うという殲滅戦は歴史上一度も無かったのではないか。犠牲の大きさという点で殲滅戦に近いのが近代の世界大戦だが、それは近代以前の戦争には当てはまらない。何より、昔の戦争は職業兵士の仕事だったのである。徴兵令で集められた兵士たちにとっては戦争は迷惑そのものだっただろうが、職業軍人が戦争を大歓迎したのは先の大戦でも一番明白だった事実だ。

簡単に言えば、昔(近世まで)の戦争においては戦争責任という思想は無く、領主の起こした戦争に対する領民や家来の気持ちというのは「父親(領主)が他の家(国)と喧嘩をしたら、家族(家来や領民)もそれに従うしかない」という程度のものであったように思う。戦争責任という概念そのものが無かっただろう。むしろ、戦争をするというのは「権力の特権」だというのが社会常識だったと思うべきではないか。
その感覚は、わりと近代に入っても続いていたと思う。それを後世の観念や倫理で批判しても馬鹿げているということだ。いや、そういう批判が当時の観念や倫理とは異なるという前提を明確にしたうえで批判するのはおおいに結構だが、昔の人間の行動を現代の視点だけから批判する言説は阿呆だと思う。

妙な比喩になるが、精神異常者の犯罪は罪に問わないという現代の人権思想を妥当だとするなら、自分の欲のために何万人の人間が死んでも構わないという昔のキチガイ(国王や領主)の行為は罪に問えるのか、ということだ。それとも、当時はそれはキチガイ行為ではなく「権力者の当然の権利」だったがために許されるのか。また、現代の戦争で、「勝った側の戦争責任」は果たして問われているか。
過去の当然の権利が今の時点で当然ではないとして裁くなら、それは法律の大原則として不可としている「事後立法」に等しいだろう。
なお、「昭和天皇の戦争責任」論にも、この「事後立法」の匂いがする、と私は思っている。明治憲法下では、明らかに天皇は「日本という国家の所有者」だったのだから、その財産をすべてポーカーのテーブルに投げ出して大博打を打つ権利もあったのではないか。それは、国民からしたらトンデモナイ話だが、それが当時の日本の「当たり前」だったからこそ、日本人のほとんどは文句も言わず、むしろ大喜びで戦争に大賛成したわけだ。それが「帝国主義時代」の民心だったのである。




「畳の上で死んだ」と言えば、実のところ直接的に「応仁・文明の乱」で討ち死にした守護大名はいなくて、主要キャラクターはだいたいみんな畳の上で死んでいる。細川勝元なんかは、乱で寿命を縮めたような気がするけど。









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