先日、某所で民主党の大物議員の話を聞く機会がありました。
その議員は、医療や介護・福祉セクターで大幅に雇用が増加したことを民主党政権の経済政策の成果と誇り、今後も医療や介護セクターが経済成長の牽引役として期待できる、と語りました(これは菅直人元首相の「第三の道」そのものです)。このような絵空事を本気で信じていたために、民主党は円高是正による製造業復活に消極的だったのだな、と得心した次第です。
確かに、医療や介護・福祉セクターの就業者の増加が失業者の減少につながれば、経済全体にとってプラスです。失業者に給付するよりも、その金で介護ヘルパーを雇って介護サービスをしてもらったほうが、経済全体の生産が増えるからです。
しかし、これは失業者を放置しておくくらいなら介護サービスをやってもらったほうがまし、というだけで、医療や介護サービスがかつての繊維や自動車、エレクトロニクス産業などのような経済発展の牽引役になり得ることは意味していません。
インフラの復旧のアナロジーを使ってこのことを説明しましょう。仮に、日本経済の大動脈である東名高速道路や東海道新幹線が崩壊して使用不能になったとします。これを放置すれば日本全体の生産活動が滞るので、復旧させないことが損失です。費用を支出してでも復旧させることが経済全体にはプラスということです。
しかし、崩壊したのが既に使われていない廃道や廃線だとすれば、失われている生産が存在しないので、復旧させることが損失になります。インフラが生産活動に寄与しているか否かで、復旧費の経済効果も違ってくるわけです。
このロジックをインフラ=物的資本ではなく、人間=人的資本に適用してみましょう。生産活動に寄与するインフラ=治療・リハビリ後に生産活動を行える人、生産活動に寄与しないインフラ=治療・リハビリ後に生産活動を行えない人、なので、リタイアした高齢者への医療や介護支出は、経済全体にとって損失になることが分かるでしょう。熊や狸しか通らない道路の建設や、穴を掘って埋めるのと同じことです。*1
余っている経済資源=失業者を高齢者の「復旧」に投入するだけなら、失われる生産はないので無駄にはなりませんが、他産業の就業者を減らしてまで高齢者向けの医療や介護の就業者を増やせば、他産業での生産が減るため、経済全体にとって明らかなマイナスになります。高齢者向けの医療や介護セクターでの就業者増は、無駄な事業に奪われる労働力の増加を意味しているのであり、某議員の考えるようなバラ色のイメージとは真逆です。
以上は純粋に経済的得失からの説明であり、高齢者への医療や介護は無駄だから削減するべき、と主張しているわけではありません。高齢者への医療や介護は、経済的得失とは別の価値観・判断基準によって正当化されるからです。とはいえ、高齢者への医療や介護に投入される経済資源が少ないに越したことはないのも事実です。高齢者の尊厳を守れるサービス水準に必要な経済資源(主に労働力)を最小化する方策の模索が、今後の医療・介護セクターの課題となるでしょう。
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