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徽宗皇帝のブログ

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I am a rock , I am a island
「マスコミに載らない海外記事」管理人氏コメントと、そこに言及されている「独りファシズム」の文章を連続引用する。
どちらにも共通するのは、マスコミによる「情報遮断」「情報統制」「国民洗脳」という、現在の世界全体が直面する難問である。世界の中でもあるいは日本がもっともひどいかもしれない。その下に北朝鮮がいるくらいか。韓国はたぶん日本と同じくらいで、中国は案外日本よりマシかもしれない。(「資本の力」よりも「政府の力」がまだ上である、ということだが。)
しかし、「独りファシズム」に書かれた

「すでにGoogleのパーソナライゼーション(検索結果の個別化)が日本国でも実効されていることは周知のところだ。

履歴に基づき分析された思想、イデオロギー、性向、地域、性別あるいは年齢によって、個々はそれぞれ異なる検索結果を提示されているのであり、作為的に特定情報から排除されているのであり、つまりそれぞれ異なる現実を目視しているのであり、すでに支配はサイバー空間をも浸潤し、今後その傾向はさらに強化されると考えなくてはならない。」

には驚いた。私にとっては「周知のところだ」どころではなく、まったく初耳である。ネットで情報検索する個々人ごとに、「その人に合わせて」別の検索結果が与えられるとなると、情報の共有など不可能であり、やがては重要問題について議論することも不可能になるのではないか。つまり、議論していても、実はお互いをまったく誤解した状態での議論になるわけだ。
簡単な比喩で言おう。
私はある色を「赤」だと思っている。他の人も、同じ色を「赤」だと言う。ならば、この二人に実際に見えている色が同一であるという保証はあるだろうか。この論証は不可能なはずである。
検索結果の個別化がもたらすのは、あらゆる人間が情報世界の孤立した島になることではないだろうか。その島の中で人々は自足した気持ちでいるが、実はその島そのものがヴァーチャルな「あなた向けの情報世界」なのである。
こうなると、B層だのA層だのという区別すら無意味になるのではないか。我々全員が自分はA層だと錯覚したB層であり、お釈迦様の手のひらの上で威張っている孫悟空だということになりそうだ。
だが、まあ、毎度言うことだが、「絶望の虚妄なること、希望に相同じい」とお題目を唱えて、ペシミズムの沼から脱出することにしよう。
いつでも、「曲がり角の向こうは見えないが、そこに新しい素晴らしい世界がある」(「赤毛のアン」より)という楽観主義で生きていくのが私のモットーなのである。


(引用1)

アベノミックスで、日本経済は、20年来年の不況から回復しつつある「ことになっている」。だがこの回復、一体どこにあるのだろう? 私には見つけられないし、何百万人もの失業した日本人も、そうだ。
大本営広報部、株の値上がり、輸出大企業のボーナス増を慶賀している。
株価表示板の前で値上がりを嬉しそうに語る皆様。満額ボーナスを家族サービスに使いたいとおっしゃる方が繰り返し報じられる。
小生、株値上がり、ボーナス増とはほとんど縁がない。上がる灯油や他の物価の影響は受けている。
「朝三暮四」という話を、高校漢文の教科書で読んで深遠な哲学に驚いた。
今の「朝三暮四」状況。アメが全員に行き渡るかのような幻想を振りまいて、参院選挙で、売国奴連中が大勝するための作戦だ。大勝した後で、牙をむく。嘆いてもあとの祭り。地獄への道をまっさかさまに落ちて行く。
この道は、いつかきた道。
必読書「新版悪夢のサイクル」ネオリベラリズム循環 内橋克人著 2009/3/10
72ページを引用させていただこう。
1990年代半ば以降の政策変更の中で、「規制緩和」「税制のフラット化」「資本行動の自由化」という三つの政策の変化が、日本社会における格差の拡大に大きな影響を及ぼしました。問題は、なぜ、年収600万円以下という日本の大多数(2006年現在で約八割)が、こうしたみずからの首をしめるような政策変更を受け入れたか、ということです。

そこにはさまざまな理由がありますが、主だった要因を挙げるならば、
一つには「『規制緩和』を戦後の官僚支配を打破する特効薬と錯覚したこと」、
二つめには、「学者をメンバーにいれた一見中立にみえる政府の審議会、あるいは首相の私的(!)諮問委員会の口あたりのいいキャッチフレーズにまどわされたこと」、
三つめには「これら審議会の意見を大きくアナウンスした大マスコミの存在」、
そして四つめには「小選挙区の導入」があげられるでしょう。
『規制緩和』を良いものと錯覚させられたのは、三つめの大マスコミによるものだ。

つまり、大マスコミと小選挙区が、日本の地獄スパイラルに大貢献しているわけだろう。
この威力、昨年末の衆議院選挙で、しっかり示された。
みんな、やら、維新やら、自民党右翼別動隊に過ぎない連中を、崩壊する民主党に代わって強力に推進した大マスコミの宣伝が功を奏して躍進した。
支配体制の中で、正式に大本営広報部として活動するマスコミの本質、ブログ『独りファシズム』の記事Night Porter にも、詳細に書かれている。

同じ条件は全くかわらず、むしろ大マスコミ・プロパガンダが一層強化されている現状では、参議院選挙の結果は見えている。千葉知事選が証明している。完全消滅すべき売国集団、自民、維新、公明、みんなが優勢。
一度没落の道を滑り落ち始めたら、地獄の底に落ち続けるのだろう。

まともな家、地方、会社、国を作り上げるのは、適切な計画と、長年の地道な努力が必要だが、小泉・竹中郵政破壊でみられるように、壊すのなら、誰でも短時間にできる。

明治維新、日清戦争、日露戦争、満州事変、真珠湾攻撃、一体どこの時点で、この国、完全植民地となる引き金を引いたのだろう。
TPP、増税、原発再稼働、憲法破壊、ショック・ドクトリン施策総動員体制。1%が、99%に戦争をしかけている。『ゆきひろ社会科日記』階級闘争である①も同じお考えだ。
歴史は繰り返す。何度目も悲劇。繰り返させる側から見れば、喜劇だろう。他国の富をまんまと収奪する連中から見れば。

2013年3月18日 (月) アメリカ, 新自由主義, 通貨 | 固定リンク



(引用2)


Night Porter 
2013/03/16 00:05

3.11が明証したことは、支配ツールというメディアの本質なのだと思う。

米国・欧州間の電信ケーブルの敷設により、ロイター通信が情報の独占的売買というビジネスモデルを構築して150年が経過するのだが、少数エリートが情報を掌握し改変するという支配の手法は普遍なのだろう。

すでに重度の核汚染が進捗し、旧ソ連を凌駕する惨害がもたらされつつあることは公然なのだけれど、彼らが事故発生直後から狂奔してきたことは実態の矮小化であり、被曝を無害とする社会文脈の形成であり、壮絶な人権侵害を非存在とし、国民精神を空疎に発揚させるプロパガンダであることに異論はないだろう。

リテラシーをもたない民衆の一般概念として、原子炉事故はすでに収束し、核の拡散や健康被害の勃発などありえないのであり、放射線による被害を懸念する輩は神経過剰な異常者であるという認識が造形されているわけだ。

マスメディアとは社会にビルトインされた洗脳装置なのであり、コンテンツはクライアント(広告主)である経済者グループと、グローバル資本の下部構造である広告代理店の意向反映なのであり、あるいは放送事業の許認可を掌握する官僚機構の意思物に他ならない。

NHKなどいまだ独立性を担保する報道機関として認識されているのだが、幾度も論述したとおりGHQの占領統治政策に活用されたプロパガンダ機関なのであり、総務省直轄の特殊法人なのであり、つまるところ官吏利権の中枢なのであり、社会通念という鋳型に精神と感覚を閉じ込める、共認支配のコントロールセンターであるわけだ。

その先験的事実においては報道という概念すら成立しないのであり、言わばメディア各社は民営化された行政組織なのであり、OECD加盟国平均の0.2%にも満たない電波使用料、全額公費負担によって運営される記者クラブ、厳戒に新規参入を排除する公然のカルテル、あるいは社屋用に払い下げられた廉価な国有地など、あからさまに諸相は互助的であり、共謀の挙証はあまりにも容易い。

直言するならば、資本と官吏の権益に支障をきたす事実は一切報道できないのであり、これら上部構造に利潤をもたらす社会的コンセンサスの捏造こそが彼らのミッションなのであり、消費税率引上やTPP加盟の正当化、内閣や政党支持率、世論調査や選挙結果ですら国民の幻惑を目論み、垂直投下された虚偽であることは語るまでもない。

この国の報道自由度ランキングは50位以下に後退しているのだが、そのレベルにおいて流布される情報群はもはやフィクションの領域だろう。つまりメディアは社会の全方位において我々を知覚不能に貶めているのだけれど、すでに彼ら自身も正説と虚説が峻別不可能なのだと思う。

このような時代背景を受け、あたかも電脳世界が救世的存在のように目されているのだけれど、すでにGoogleのパーソナライゼーション(検索結果の個別化)が日本国でも実効されていることは周知のところだ。

履歴に基づき分析された思想、イデオロギー、性向、地域、性別あるいは年齢によって、個々はそれぞれ異なる検索結果を提示されているのであり、作為的に特定情報から排除されているのであり、つまりそれぞれ異なる現実を目視しているのであり、すでに支配はサイバー空間をも浸潤し、今後その傾向はさらに強化されると考えなくてはならない。

メディアは変遷しているのではなく回帰しているのであり、ナポレオンが新聞発行を許認可制とし、それらを半官半民の行政組織へ再編することにより言論統制を達成したとおり、権力は情報の独占と改変によって保守されるのであり、すなわち統治と報道の同衾は欺瞞世界における相補的本質に他ならない。

経済史においてカルテル(企業連合)は常に消費者との対立関係を生み出してきたのだが、この社会もまた二項対立図の形相を呈し、報道カルテルという怪物群が核汚染の進捗と外国勢力の侵略という重層のカタストロフィを隠蔽しているのであり、破滅に直面する我々は彼らの虚説を構造化する殺意の洞察を迫られている。



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