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あけましておめでとうございます。
昨年の終わりごろから、日本の未来を考察するための叩き台になるような「日本改造案」を書こうと考えているのですが、生来の怠け癖のため、まったく進んでいません。
ただ、北一輝の思想が少し私に近いように思うので、ウィキペディアから北一輝の「日本改造法案大綱」の解説の一部を引用しておきます。
(以下引用)日本改造法案大綱
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本改造法案大綱
(にほんかいぞうほうあんたいこう)
国家改造案原理大綱
(こっかかいぞうげんりたいこう)著者
発行日
発行元
日本
言語
日本語
公式サイト
コード
『日本改造法案大綱』(にほんかいぞうほうあんたいこう)とは、北一輝による日本の国家改造に関する著作である。
1911年(明治44年)、中国の辛亥革命に、宋教仁など中国人革命家と共に身を投じた北は、1920年(大正9年)12月31日に帰国し、3年後の1923年(大正12年)に刊行した著作である。
言論の自由、基本的人権尊重、華族制廃止(貴族院も廃止)、農地改革、普通選挙、男女平等・男女政治参画社会の実現、私有財産への一定の制限(累進課税の強化)、財閥解体、皇室財産削減、等々の実現を求めており、軍国主義に突き進んだ日本を倒した連合国による日本の戦後改革を先取りする内容が含まれる。
この北の主張に感化された若手将校たちによる二・二六事件により、北は、事件への直接の関与はないが[注釈 1][注釈 2]、理論的指導者の内の一人とみなされ、1937年(昭和12年)に処刑されたため、自らの『日本改造法案大綱』の改革内容の実現を、北が生前に見ることはなかった。
第二次大戦後、GHQによる日本の戦後改革で実現されたものには、北の主張も多く含まれている[5]。
概要[編集]
1883年(明治16年)、新潟県佐渡郡両津湊町(現:佐渡市両津湊)の酒造業の家の長男として生まれた北は、弟の北昤吉が早稲田大学に入学すると、その後を追うように上京、早稲田大学の聴講生となり社会主義を研究して、1906年(明治39年)、処女作『国体論及び純正社会主義』(『國體論及び純正社會主義』)を著し、また中国の問題についてはアジア主義を主張した。
しかし当時の日本の国家政策はアジア解放の理念を損なっていると認識して北は具体的な解決策を構想し、日本政治を改革するために1919年(大正8年)に40日の断食を経て『国家改造案原理大綱』を発表した。これが1923年(大正12年)に加筆修正されて『日本改造法案大綱』に改題されたのが本書である。北は本書を書いた目的と心境について、「左翼的革命に対抗して右翼的国家主義的国家改造をやることが必要であると考へ、」と述べている[6]。
この著作は第1章(正確には「巻一」、以下同様)の『国民ノ天皇』、第2章の『私有財産限度』、第3章の『土地処分三則』、第4章の『大資本ノ国家統一』、第5章の『労働者ノ権利』、第6章の『国民ノ生活権利』、第7章の『朝鮮其他現在及ビ将来ノ領土ノ改造方針』、第8章の『国家ノ権利』、以上の8章から構成されている。
北によれば明治維新によって日本は天皇と国民が一体化した民主主義の国家となった。しかし財閥や官僚制によってこの一体性が損なわれており、この原因を取り除かなければならない。その具体的な解決策は天皇によって指導された国民によるクーデターであり、三年間憲法を停止し両院を解散して全国に戒厳令をしく。男子普通選挙を実施し、そのことで国家改造を行うための議会と内閣を設置することが可能となる。この国家改造の勢力を結集することで華族や貴族院を廃止する。
次いで経済の構造改革を行う。具体的には一定の限度額(一家で300万円、現在の30億円程度)を設けて私有財産の規模を制限し、財産の規模が一定以上となれば国有化の対象とする。このことで資本主義の特長と社会主義の特長を兼ね備えた経済体制へと移行することができる。この経済の改革は財政の基盤を拡張して福祉を充足させるための社会改革が推進できる。労働者による争議・ストライキは禁止し、労使交渉については新設される労働省によって調整される。また労働者でもその会社の経営に対する発言を認めることも提案には盛り込まれている。
経済や社会の改革については日本本土だけでなく日本の植民地であった朝鮮、台湾にも及ぶ。朝鮮は軍事的見地から独立国家とすることはできない。ただし、その国民としての地位は平等でなければならない。政治参加の時期に関しては地方自治の政治的経験を経てから日本人と同様の参政権を認め、日本の改革が終了してから朝鮮にも改革が実施される。将来獲得する領土(オーストラリア、シベリアなど)についても文化水準によっては民族にかかわらず市民権を保障する。そのためには人種主義を廃して諸民族の平等主義の理念を確立し、そのことで世界平和の規範となることができると論じる。
北は戦争を開始するためには自衛戦争だけでなく、二つの理由がありうるとする。それは不当に抑圧されている外国や民族を解放するための戦争であり、もう一つは人類共存を妨げるような大領土の独占に対する戦争である。国内における無産階級(労働者階級)が階級闘争を行うことが正当化されるのであれば、世界の資本家階級であるイギリスや世界の地主であるロシアに対して日本が国際的無産階級として争い、オーストラリアやシベリアを取得するためにイギリス、ロシアに向かって開戦するようなことは国家の権利であると北は主張する。
世界に与えられた現実の理想は、いずれの国家、いずれの民族が世界統一を成し遂げるかだけであり、日本国民は本書にもとづいてすみやかに国家改造をおこない、日本は世界の王者になるべきであるというのが本書の結論である。
目次・構成[編集]
- 緒言
- …全日本國民ハ心ヲ冷カニシテ天ノ賞罰斯クノ如ク異ナル所以ノ根本ヨリ考察シテ、如何ニ大日本帝國ヲ改造スベキカ大本ヲ確立シ、擧國一人ノ非議ナキ國論ヲ定メ、全日本國民ノ大同團結ヲ以テ終ニ天皇大權ノ發動ヲ奏請シ、天皇ヲ奉ジテ速カニ國家改造ノ根基ヲ完ウセザルベカラズ。…
- 卷一 國民ノ天皇
- 憲法停止。天皇ハ…三年間憲法ヲ停止シ兩院ヲ解散シ全國ニ戒嚴令ヲ布ク。
- 卷ニ 私有財産限度
- 卷三 土地處分三則
- 卷四 大資本ノ國家統一
- 卷五 勞働者ノ權利
- 勞働賃金。勞働賃金ハ自由契約ヲ原則トス。…
- 勞働時間。勞働時間ハ一律ニ八時間制トシ日曜祭日ヲ休業シテ賃金ヲ支拂フベシ。
- 幼年勞働ノ禁止。満十六歳以下ノ幼年勞働ヲ禁止ス。…
- 註。…四海同胞ノ天道ヲ世界ニ宣布セントスル者ガ、自ラノ國家内ニ於ケル幼少ナル同胞ヲ酷使シテ何ノ國民道徳ゾ。
- 婦人勞働。婦人ノ勞働ハ男子ト共ニ自由ニシテ平等ナリ。…
- 註三。婦人ハ家庭ノ光ニシテ人生ノ花ナリ。婦人ガ妻タリ母タル勞働ノミトナラバ、夫タル勞働者ノ品性ヲ向上セシメ、次代ノ國民タル子女ヲ益々優秀ナラシメ、各家庭ノ集合タル國家ハ百花爛漫春光駘蕩タルベシ。特ニ社會的婦人ノ天地トシテ、音樂美術文藝教育學術等ノ廣漠タル未墾地アリ。此ノ原野ハ六千年間婦人ニ耕ヤシ播カレズシテ殘レリ。婦人ガ男子ト等シキ牛馬ノ勞働ニ服スベキ者ナラバ天ハ彼ノ心身ヲ優美繊弱ニ作ラズ。
- 卷六 國民ノ生活權利
- 兒童ノ權利。滿十五歳未滿ノ父母又ハ父ナキ兒童ハ、國家ノ兒童タル權利ニ於テ、一律ニ國家ノ養育及ビ教育ヲ受クベシ。國家ハ其ノ費用ヲ兒童ノ保護者ヲ經テ給付ス。
- 註五。以上兒童ノ權利ハ自ラ同時ニ母性保護トナル。
- 卷七 朝鮮其ノ他現在及將來ノ領土ノ改造方針
- 卷八 國家ノ權利
- 國家ハ又國家自身ノ發達ノ結果他ニ不法ノ大領土ヲ獨占シテ人類共存ノ天道ヲ無視スル者ニ對シテ戰爭ヲ開始スルノ權利ヲ有ス(則チ当面ノ現實問題トシテ濠州又ハ極東西比利亞ヲ取得センガタメニ其ノ領有者ニ向テ開戰スル如キハ國家ノ權利ナリ)。
- 結言
- …全世界ニ與ヘラレタル現實ノ理想ハ何ノ國家何ノ民族ガ豐臣徳川タリ神聖皇帝タルカノ一事アルノミ。……戰ナキ平和ハ天國ノ道ニ非ズ。
日本改造法案大綱は八巻で構成されており、巻一は政治面について、特筆すべきは「天皇の国民」ではなく「国民の天皇」として定義されていること。成人男子に普通選挙権を与えること。自由権を保障し特権的官僚閥・軍閥の追放などを挙げている。巻二、三、四は経済改革と行政改革について、莫大な富の個人集中を禁じ、主要産業については国家が適切な調整を行い、全ての者に私有財産権を保障するなど、社会主義と資本主義の折衷的な政策を提示している。巻五、六は人権と社会福祉政策であり、全児童に教育を与え、利潤配分と土地配分とによって労働者・農民の自立を半ば可能とし、家のない者、貧民、不具廃病者の援助を。また、弱者(労働者)の権利保障・育成、労働省の設置など国民教育の権利と人権保障の強化を強調している。巻七、八は国際情勢や外交政策に言及している。
北は日本改造法案大綱を書いた目的と心境について、「左翼的革命に対抗して右翼的国家主義的国家改造をやることが必要であると考へ、」と述べている[6]。
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長い間書かなかったが、べつに特定秘密法案がどうこうではなく、パソコンがおかしくなったので、初期化したら、ブログを書くのもほとんど無理になっただけである。今でも絶不調で、この記事を書くのがおそらく最後になるかと思う。まあ、新しくパソコンを買うほど、書きたいことがあるわけでもないので、パソコンが壊れた時点で、ネット界からもお別れ、ということにしようと思っている。今、北一輝に倣って、「国家改造私案」を考えているところで、それが書き上がったら掲載するつもりだが、いつになるかは分からない。とりあえず、これまでお読みいただいた方々には感謝したい。
なお、「酔生夢人のブログ」他も同様に、無期休載にするつもりだが、そちらにはわざわざ断り書きはしないので、ご承知願いたい。
それでは、日本が今後、少しでも良くなることを祈って、しばしお別れです。また会いましょう。 -
二つ前の記事、「共産党は共産主義と訣別できるか」が、なぜかブランクになっていて、読めないようだ。まあ、引用文は「オコジョのブログ」というブログの最近の記事二つであるから、そのブログをご覧になればいい。それに付加した私の駄文はどうでもいいだろう。
内容は、記事タイトル通りで、共産党は共産主義と決別するのがベストだ、という考えだ。まあ、これは猫に向かって、お前は猫であるより犬であるほうが幸福だよ、というようなものかもしれない。共産主義が党是である政党に向かってその党是を捨てろ、というのが無茶であることは分かっている。しかし、私は共産党という政党を高く評価しているだけに、この党が「マルキシズム」といういびつな思想にこだわって化石的政党になるのが惜しいのである。
*今見ると、記事が復活していた。意味が分からん。私のパソコンの問題だったのかもしれないが、面倒なので、この記事もそのまま残しておく。 -
このブログにはコメント欄があるが、実は私は自分が書いた記事をあまり読み返さないので、その記事についてのコメントが来ていることにも気がつかないことが多いのである。コメントがあっても、どうせ批判コメントかエロ業者のネット広告だろうと思っているから、積極的に読まなかった、ということもある。
そういうわけで、これまで来たコメントはほとんどが放置状態だったのだが、久しぶりにエロ広告削除作業をしていて、二年ほど前のコメント欄の記録の中に「崖っぷち社長」からのコメントがあって驚いた。
「崖っぷち社長」は、日本でも一二を争う知性と見識の持ち主として、私がこの上無く尊敬している人物であるのに、そのコメントを無視した形になってしまったわけだ。いやはや、何ともお詫びのしようが無い。この場を借りて、遅まきながらお詫びをしておきたい。もっとも、これを読んでくれるかどうかも分からないのだが。
その他にも、「千早さん」という人からのコメントがあったが、もしかしたら「阿修羅」で有名な「千早@オーストラリア」さんだろうか。いや、誰であっても、これまでコメントを寄せてくれた方々にはすべてお詫びしておく。
まあ、自分の記事さえ読み返さない無精者だから、コメントの存在にも気がつかないだけで、悪意があってではないので、許していただきたい。多分、これからもそういう事はあるかと思うので、その分も含めてあらかじめ頭を下げておきます。(ペコリ) -
パソコンがまともなうちに、昔書いた小論文を掲載しておこうと思う。16ページほどあるので分割して掲載する。
何しろ書いたのは多分10年以上前(「酒鬼薔薇」事件の頃だ)なので、今とは考えも少し違ったところはある。当時重大だと考えていた天皇制の問題が、今は社会の中でかなり比重が軽くなっている。それもまた別の意味で問題だとは思うのだが。
しかし、ここで扱っている資本主義社会の問題は、資本主義が新自由主義という破壊的な怪物の姿になったことで、その当時よりも重大性を増している。
したがって、この論文は古くはなっていないだろう。
そして、3.11と福島原発事故、およびその後の政治の状況を見ることで国民の間に「新しい国家」を考える機運が生まれたと思われるので、この小論文は今の時期にこそ公にするべきだろうと考えたわけだ。 -
私のような駄弁ブログでも毎日のように読んでくれる人もいるのかもしれないので、そういう人たちには申し訳ないが、今後は更新の間隔を数日置きにすることにしたい。というのは、あまりにネットに張り付いていると、自分自身の中身がスカスカになってしまうようだからだ。今後は、特に書きたい問題が出てきた場合だけ、あるいは書きたくてたまらない気分になった時だけ更新することにしたい。もちろん、自分自身の、ネットでの情報漁りも控えるつもりである。
昔はテレビゲームに夢中になって膨大な時間を使ったが、それにはあまり後悔していない。というのは、それは私にとっては充実した時間であり、ただ、金にはならず、教養も増えず、時間だけを使ったという点では非生産的ではあった。だが、遊びとは本来、そういう無駄な時間のことである。
ネットの場合は、ネットに付き合えば付き合うほど、なぜか、自分自身が痩せていく感じがある。もちろん、ネットのお陰でこの世界の大きな秘密を知り、有益な知識も増えたのだが、しかしここ数年はただ惰性で付き合っているだけである。
今後は、自分の中に発信したいものが出てくるまで、精神的蓄積の期間にしたい、というわけである。これは一つには昨日の井口博士の「長考できる能力」が今の自分には欠けている、ということをつくづくと感じたからである。
私の他のブログも、同様に更新は不定期になる予定である。
まあ、そう言いながら、面白い事件や政治経済的進展があれば、明日にも更新する可能性はあるのだが。