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「天皇制」という言葉の架空性

毎日新聞も最近はどこに足を置いているのかはっきりしないヌエ的新聞だが、この記事も記者の主観と事実が混在した表現が多く、評価に困る記事だ。だが、事実と意見を区別して読めば問題は無いし、思考のきっかけにはなる。
この文章の一番の欠陥は、現在の象徴天皇の在り方を「敗戦前までの君主的存在としての天皇制」と区別していないことだ。それを表すのが「天皇制」という言葉である。この言葉で記者氏が示唆しているのは、明らかに「君主としての天皇」だというのが文章の匂いから分かる。
そのような意味での天皇というのは日本国憲法発布と共に消滅しているのは小学生でも知っているのではないか。もちろん、安倍一味が復活させたがっているのはその「君主としての天皇」で、しかもそれは「傀儡としての天皇」であるが、今上天皇はむしろそれを迷惑に思っていることが、過去のお言葉からも明らかだ。今上天皇こそが一番の憲法擁護者だというのも、多くの人が感じていることであり、その感情は「倒錯」ではない。


 一方、陛下には過度の期待も寄せられている。連合国軍総司令部(GHQ)によって民主憲法を与えられ、独立後も米国の抑止力に依存してきた日本では、民主主義は自らの手で闘いとる必要があるという認識が十分に育っていない。民主主義を守るために天皇に期待するという倒錯も起きる。


 国民との関わりを積極的に追求し、社会に天皇のあり方を常に問いかける陛下の姿がそうした期待を増幅している側面もある。右派に限らず左派にも、陛下の言動を自分に都合良く解釈して利用したいという、新しい神格化への誘惑が存在する。

この言葉に悪意を感じるのは私が神経過敏なのだろうか。「天皇に期待すること自体、民主主義の否定であり、天皇の神格化につながるぞ」という理解以外の何がこの言葉から読み取れるだろうか。では、天皇に期待することは民主主義を崩壊させるのか。今さら、天皇の神格化を国民が真面目に信じると思うのか。
なお、考え過ぎかもしれないが、「連合国軍総司令部(GHQ)によって民主憲法を与えられ」とわざわざ書くことで、「自主憲法をつくるべきだ」という流れに国民を誘導しようという意図がかすかに感じられる。私自身、日本国憲法はGHQの「日本国民への最高の贈り物」だ、と思い、そう書いてきているが、一般人の小さな声と全国紙が記事の中で書くことでは重みが違う。

(以下引用)


<考・皇室> 憲法と歩む/6 「取り組み、多くの国民が肯定的」 共産、陛下を評価 天皇制の見解、次第に転換(毎日新聞)
http://www.asyura2.com/16/senkyo218/msg/532.html


投稿者 gataro 日時 2017 年 1 月 03 日 14:35:33: KbIx4LOvH6Ccw Z2F0YXJv
 
 
   







考・皇室
憲法と歩む/6 「取り組み、多くの国民が肯定的」 共産、陛下を評価 天皇制の見解、次第に転換

毎日新聞 2017年1月3日 東京朝刊

天皇制に関する共産党の見解の変化

 ■04年に「容認」

     2003年春、共産党は綱領改定の議論を始めた。創立80周年を機に前年に建て替えを終えたばかりの東京・代々木の党本部会議室で、不破哲三議長(86)が楕円(だえん)形のテーブルの長い辺の中央に座り、常任幹部約20人に新たな方針を示した。

     「世界の王室は形式的に政治的権能を持っている。しかし日本は憲法で『天皇は政治的権能を有しない』と書いてある。君主制と言うわけにはいかない」


     共産党は1961年綱領で君主制廃止を掲げていたが、天皇制容認への方針転換を明確化した。天皇制を巡る表現は常任幹部会で反対意見もなく承認され、綱領は04年1月の党大会で正式決定した。


     提案当時の政策委員長だった筆坂秀世氏(68)は「今更、戦前のように『天皇制打倒』のスローガンを掲げたくない、とみんな思っていた」と振り返る。


     約40年にわたり党の指導的立場にあった宮本顕治氏は、97年に議長を引退した。宮本氏は戦前に投獄された経験を持つ。筆坂氏ら若手を天皇制に関する問題で「君らは甘すぎる」と叱責したこともあった。筆坂氏は「党の戦前世代が元気なうちは綱領改定はできなかった。戦争と切り離された新しい天皇になったことも大きかった」と話す。


     宮本氏引退の翌年の98年、当時委員長だった不破氏は記者会見で天皇制の廃止は「将来の話」と発言して注目を集めた。00年に香淳皇后が逝去した際には党として弔意を示した。


     04年綱領の容認は、憲法が定める国会召集などの国事行為に限定した活動を行い、政治に影響を与えないなら天皇制と共存可能という理屈だ。天皇が政治的権能を有しないとする憲法の規定を厳格に実施するよう求める。憲法に定めのない公的行為は評価されない。


     ■開会式初出席


     だが、共産党は04年綱領の枠組みからも踏み出す。16年1月、共産党幹部が天皇が臨席する国会開会式に初めて出席した。国会召集は憲法が定める天皇の国事行為だが、開会式出席とおことばはそれに付随する公的行為と位置付けられる。共産党は昭和天皇の時代に開会式のおことばを「米国や自民党政府の内外政策を賛美・肯定するなど、国政に関する政治的発言が含まれる」と批判していた。


     しかし志位和夫委員長は15年12月の記者会見で「天皇の発言に変化が生まれ憲法からの逸脱は見られなくなり、儀礼的・形式的な発言が慣例として定着した」と新たな判断を示した。


     陛下は被災地訪問や慰霊など公的行為を精力的にこなし、多くの国民に支持されている。小池晃書記局長は、「天皇は『主権の存する国民の総意に基づく象徴』という憲法で定められた役割を果たしており、多くの国民が肯定的にとらえている。憲法上のご自身の役割を深く認識して行動している」と話す。共産党は従来の天皇制の枠組みにあてはまらない現在の陛下の取り組みを「憲法の精神に反しない」と判断し、評価する立場に転換した。


     陛下が目指す天皇像は次代に引き継がれるとは限らない。しかし、陛下が示す「国民とともにある」天皇像ならば、共産党は自らの目指す社会でも事実上、認められると判断している。


    護憲派、権威に期待

     一方、陛下には過度の期待も寄せられている。連合国軍総司令部(GHQ)によって民主憲法を与えられ、独立後も米国の抑止力に依存してきた日本では、民主主義は自らの手で闘いとる必要があるという認識が十分に育っていない。民主主義を守るために天皇に期待するという倒錯も起きる。


     国民との関わりを積極的に追求し、社会に天皇のあり方を常に問いかける陛下の姿がそうした期待を増幅している側面もある。右派に限らず左派にも、陛下の言動を自分に都合良く解釈して利用したいという、新しい神格化への誘惑が存在する。


     04年10月の園遊会で、東京都教育委員だった故米長邦雄永世棋聖が「国旗を掲げ、国歌を斉唱させるのが私の仕事」と述べたことに対し、陛下は「強制になるということでないことが、望ましい」と語った。都教委が03年に「国旗掲揚・国歌斉唱の適正な実施」を求める通達を出して約1年後のことだった。


     市民団体「憲法会議」の石山久男代表幹事(80)は「護憲の発言は歓迎するが、国民主権と相いれない天皇制がいいとはならない」と一定の距離を置く一方で、「陛下に親和性を感じる会員もいるのは事実」とも認める。


     また退位をめぐる陛下の言動を、改憲を目指す安倍晋三首相の政治日程と関連づけ、改憲へのけん制になっているとの臆測も流布する。九条の会事務局長の小森陽一東京大教授(63)は「そういうことを読み込みたい人は多くいるが、それ自体が天皇の権威にすがる発想」と指摘する。「権威に頼ることは安心にもなるが、思考停止して主権者としての運動ができなくなる」とクギを刺した。=つづく




     ■ことば


    共産党と天皇制

     共産党は1922年に結党。君主制の廃止を掲げ、戦前は非合法とされた。後に党議長となる宮本顕治氏(07年に98歳で死去)ら多くの党員が投獄された。戦後も宮本氏主導で作成した61年綱領では君主制廃止を掲げ続け、「国会を国の最高機関とする人民の民主主義国家」を目指すとした。04年に改定した綱領で容認に転換。天皇制について「将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決」と当面は先送りし、天皇制の条項を含む「現行憲法の全条項を守る」ことに重点を置いた。







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