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徽宗皇帝のブログ

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神罰なら然るべき対象に与えるべし
この記事を読んでも、なぜノートルダム寺院の火災が神罰なのかよく分からないが、セルビアには何かの不満が溜まっているのだろう、くらいは分かる。それがフランス政府への不満なのかカソリックへの不満なのか、ノートルダム寺院そのものへの不満なのかは分からない。まあ、記念式典の関係でこの寺院にコソボの旗が掲げられたことへの不満のようだが、そうなると、国際大会などで或る国の旗を掲げるとテロに遇っても不思議ではない、となるわけで、今度の東京オリンピックは大変だwww
もちろん、こんな「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」的思想は褒められたものではないし、貴重な文化遺産が消えたことは惜しまれるが、私の見たところでは、欧州の(だけではないが)民族問題は「感情問題」であり、半永久的に続くのではないか。(感情の問題は理性ではなかなか解決されない、ということである。)




仏パリのノートルダム寺院から立ち上る炎と煙(2019年4月15日撮影)。 © Patrick ANIDJAR / AFP 仏パリのノートルダム寺院から立ち上る炎と煙(2019年4月15日撮影)。

【AFP=時事】フランスの首都パリのノートルダム寺院(Notre Dame Cathedral)で15日に発生した火災について、セルビアの大衆紙2紙が同日夜、「神罰」だとする見出しを掲載した。


仏パリのノートルダム寺院から立ち上る炎と煙(2019年4月15日撮影)。 © Geoffroy VAN DER HASSELT / AFP 仏パリのノートルダム寺院から立ち上る炎と煙(2019年4月15日撮影)。

 大衆紙のアロ(Alo)とインフォーマー(Informer)の電子版は、今回の火災を、昨年の第1次世界大戦(World War I)終結100年の記念式典で、同寺院にコソボの旗が掲げられたとするツイッター(Twitter)の投稿と関連付け、「神罰が下った」と記した見出しを掲載。


仏パリのノートルダム寺院から立ち上る炎と煙(2019年4月15日撮影)。 © Geoffroy VAN DER HASSELT / AFP 仏パリのノートルダム寺院から立ち上る炎と煙(2019年4月15日撮影)。

 アロは、今回の火災が1990年代のコソボ紛争における「セルビア人の犠牲者に唾を吐いた」ことに対する罰だとした。しかしいずれも政権に近い両紙は、後に記事を取り下げた。


仏パリのノートルダム寺院から立ち上る炎と煙(2019年4月15日撮影)。 © LUDOVIC MARIN / AFP 仏パリのノートルダム寺院から立ち上る炎と煙(2019年4月15日撮影)。

 セルビアはコソボの2008年の独立宣言を認めておらず、諸外国がコソボを独立国家として承認することに敏感な反応を示してきた。


仏パリのノートルダム寺院から立ち上る炎と煙(2019年4月15日撮影)。 © LUDOVIC MARIN / AFP 仏パリのノートルダム寺院から立ち上る炎と煙(2019年4月15日撮影)。

【翻訳編集】AFPBB News










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