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メモ日記「政治・社会」35

#244 学校では教えないこと

 我々は普段、あまり物事に疑問を持たないものである。学校で学ぶことも、ただ教えられた事柄をそのまま暗記するだけで、その内容に疑問を持つことはほとんどない。いちいち疑問を持っていたら多くの学科を勉強する時間が無くなるというせいもある。その中で、根本的な事柄に疑問を持った少数の人間が、偉大な科学者などになるのだが、これは教育制度に反逆しない限りはまともな精神的成長はできないということでもある。
 我々がいかに疑問を持たないかの一例を挙げよう。元帝国が世界の大半を征服、支配したことを我々は知っている。ローマ帝国以上の版図を持っていたのである。では、それがなぜ可能だったのか、考えたことがある人はほとんどいないだろう。そもそも、他国を侵略・征服するには戦いが必要だ。戦えば、必ず自軍の戦力も消耗する。もともとモンゴルという小さな民族であるから、最初の兵力が大きかったわけでもない。一度の戦いで戦力の三割程度が損耗するなら、三回も戦えば、その軍隊は滅亡するだろう。それが、なぜ無数の戦いが可能だったのか。これは宮崎市定の『中国史』に書いてあったことだが、これを読んで、眼からうろこが落ちるような思いがした。元帝国の世界制覇の秘密は、戦って征服した相手国の軍隊を、次の戦争の先鋒として用いるという方法だったのである。これによって、本来のモンゴル軍の戦力を温存し、次々に征服していくことが可能になったのである。つまり、将棋のように、取った駒を使ったのである。こうした「物事の理」は歴史のような文系学問にもあり、そこがもっとも面白いところではないだろうか。

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